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お嫁入り道具??の椅子

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2枚の写真は使用前使用後ではありません・・・・・

上の写真、このテカテカにあめ色になっている椅子が
私が実家から持参した椅子。
かなりの年季もの。いまやアンティークの域に入れるぐらいかな??



そして、下の写真はここに越して来たとき、古い椅子と同じ
アルフレックスで新調した椅子たち。
古い椅子に比べたら新しいのはまだまだこれから。
革も硬くて若い感じ。


とにかくこのあめ色の椅子は座り心地がとってもよくて・・・・・
もう手放せません♪



この嫁入り道具には特別な思いがありまして・・・・



私が幼稚園の頃(30年位前かな??)、
実父と祖父はイタリアンレストランを始めました。
そのレストランもデニーズやロイホといったファミレスの波に押され
父が他界したことをきっかけに閉めてしまいました。なんとも残念。
(余談ですが・・・・コドモの記憶ながら・・・・・けっこう美味しかった記憶が・・・・
なのでもう一度食べたいんですよねーーーーー。)


店を閉めた頃、大量の数の什器や食器たちが残りました。
母はとにかくお店を閉めたり、残務処理に追われていて什器の一つである、
椅子やインテリアに目を向ける余裕なんて無かったのでしょう。
そのまま、物置行きになりました。



高校を卒業する頃かな・・・・・親戚の叔母が私の部屋に入ってきて
「ステキな椅子でお勉強されているのね・・・・・・」と・・・・・


私は物置の中の山積みになっていた、椅子をひとつだけ
引っ張り出してきただけだったので、


親戚の叔母に褒められても
「ふぅ~ん??そうなんだ、いい椅子なのね!」
  ・・・・・ぐらいな気持ち。


当時の彼(=主人)に、、「これそんなにいい椅子なの??」と尋ねると、


アルフレックスというイタリアの家具。
それもアルフレックス初の日本人のデザイナーによる椅子だったかなぁ。と・・・・


   ・・・・・へぇ~~そうなのね、
父達は家具にもかなりこだわってイタリアンレストランしてたんだーーーー
と・・・・・その思いを閉店数年後に知りかなりしみじみしちゃったのです。


今残っている当時の椅子はこの1脚だけ。
大切にしなくってはいけません♪

なので、私はこの椅子と離れられなくなりました。



新しく加わった椅子たちもあと30年するといい色に変身するんだろうな。


Comments (5) Trackbacks (-) | zakka*interior

Comment

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ku~さんのセンスの良さは、お父さん譲りだったんですね?!
素敵なお話にしみじみデスi-265
最近はデザイン性と実用性を両立した椅子選びより、
とにかく座り心地重視!になっていました(腰がとっても辛いから・・・;)
私もそのうち『最高の1脚』に出合いたいですv-344
2006年01月17日(Tue) 23:46
編集
☆ Shimaちゃんへ
お父さんはどんな気持ちでこの家具を選んだのかは
教えてくれなかったので、、、、知りたいんだよね。
けど、まあ、いい家具を残してくれたんだから良しとしますわ。

お仕事落ち着く頃お教えくださいね。
さむーーーーい、Shima家エリアに出没します。
世田谷にお越しの際は声かけて♪
寒い時期はひまなんですわ。

またね。
2006年01月19日(Thu) 03:01
編集
とっても素敵な「椅子のおはなし」ですね。
アルフレックスを使っていらっしゃったなんて。
 そのレストラン、お伺いしたかったです。。^^
そして年月を経て、味わい深くなるのですね~♪なんだかとっても大切な、「タカラモノ」ですよね!
2006年01月19日(Thu) 08:03
編集
素敵な思い出の詰まった椅子なんですね♪
年を重ねるごとに味を増す家具って、
本当に宝ですよね。

↓ほんと、びっくりするような偶然ですよね。笑
実は、新婚旅行から戻ったのが、
震災から数日後の関空。
大阪から広島まで新幹線で帰る予定になっていたので、
とても大変な思いをしました。
それでも、実際震災に遭われた方に比べれば、
たいしたことではないんですが・・・。
確かに、結婚記念日のたびに複雑な思いがしますね。
2006年01月20日(Fri) 18:17
編集
☆ saboさんへ
私の当時の記憶も年を追うごとに薄れていて・・・・
どんなお店だったのか??とか、雰囲気とか・・・・が
風化してきてます。
今やイタリアンは家庭でもお外でも普通に頂くことができるけれど、、、、、
当時のイタリアンの日本における常識??
はどうだったのでしょうね??
知りたくても過去に戻れないから・・・・・ドラえもんでも呼びますかね。


☆ くみさん
私も震災のNEWSをマウイのホテルで見ました。
一緒に行動していた、大阪からいらしていたご夫婦が
泣きながら、ツアーデスクの日本人の方に詳細を教えてくださいと
頼んでいたのがとても印象的でした。

この震災前後に結婚された方たちはきっと私たちと同じ思いで
結婚記念日を重ねていくんでしょうね。

来年のこの日もくみさんとこの話してそうですね。
2006年01月21日(Sat) 02:54












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